2016年8月26日(金)
作家・冲方丁(うぶかたとう)の『週刊プレイボーイ』への連載が加筆修正のうえ刊行された
さっそく複数冊買い求めて、クライアントにも「差入れ」した。
【後日談】同書の差入れは、大受けで、留置場で読みこんで大笑いしていたそうです。
私もあたらめて単行本となった『こち留』を読み返した。
彼の弁護人は、「日本で最も有名な弁護士事務所」に勤めている。着手金50万円(消費税別)、成功報酬50万円(46p.)。さらにもう1人弁護士がサポートにつく。
ひんぱんに接見におとずれ、仕事関係者と連絡を取り、こまかくアドバイスしてくれる。
もちろん、弁護人は接見以外にも被疑者の見えないところで多様な弁護活動をおこなっている。
その結果、勾留1回で満期を待たず釈放され、不起訴になった。
100万円は安い。保護命令の申立に対応することがありうることも契約に含めれば、引き合わない安さだ。
弁護団は、報酬以上のはたらきをしている。
私も同種事案を複数件担当したことがある。
DV事件だと、被害者については警察の生活安全課でシェルター保護したり、被疑者については釈放によるDV再発を阻止するため勾留し、「別居=接近禁止」を誓わせる。
警察・検察にとって再発防止が至上命題の1つ。これは否認事件の弁護活動でも念頭においておく必要がある。それが早期の身柄釈放を勝ち取るポイントでもある。
なお、『こち留』事件では、釈放時、警察の生活安全課が著者に「被害者の知らないところで生活すること」などの念書をとっている。こういう「別居」条件を示談でつけることもあるし、保護命令でつけることもある。生活安全課が取調べの警察官や検察官よりも再発防止の名の下に暴走することもままある。
著者の無実の主張について。
ある弁護士は、こう言う。
本件は傷害事件として取り扱われているので被害届と診断書ぐらいはあったはずだ、そうすると著者の「何もしていない」という弁解は慎重に聞くべきだ、と。
しかし、私の経験からすれば、警察は被害者の言い分を過度に重視するものだから、弁護人が行為がなかったと争うことはいくらでもある。じっさい、私はしょっちゅうそのように弁護している。
刑事弁護を数多くやっている弁護士でも弁護方針はまちまちだが、ハイアッド・ガン(雇われガンマン型弁護人)はクライアントの言い分に忠実に弁護する。
ただ、いずれにせよ、著者が「最高の手札を引いた」(前掲)と言っているのは、そのとおりだ。まことに幸運であったと思う。冲方弁護団とわたしの見解の相違は多々あるが、正解は1つではない。
丸山真男は逮捕されて国家権力の本質を思い知り、政治学の第一人者になった。
吉田茂も田中角栄も逮捕されたが、のちに国家権力のトップにのぼり詰めた。
冲方丁氏の今後の活躍も大いに期待できる。本書は、その活躍の第一歩である。